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25年という月日

by くりす

2位巨人と11ゲーム差をつけ、マジック14。
CSで勝てるか?という不安は残るものの
25年ぶりの優勝は、ほぼ決まったと言っていいだろう。
「25年ぶり」 
この25年を見てきたイチファンとして、
この期間を簡単に振り返ってみようと思います、、、


1991年 優勝  高校1年
ここから25年優勝できないとは、まだ夢にも思わず。


1992年 4位  高校2年
前田智徳(21歳)覚醒。 打てるチームへの予感。


1993年 最下位  高校3年
津田が病死。 江藤本塁打王。
投手王国崩壊の予兆。


1994年 3位  大学1年
ドラフトで逆指名がスタート。
そもそも25年も優勝できなかったのは、
この制度がしばらく続いたのが一因と思う。
オフに川口がFA流出第1号に。


1995年 2位  大学2年
前田智徳がアキレス腱断裂。
「カープと言えばケガ人」 はココから始まり。


1996年 3位  大学3年
世に言う、メークドラマを食らった年。


1997年 3位  大学4年
黒田博樹入団。


1998年 5位  プー太郎時代
とうとう5位。 大野豊が引退し三村監督辞任。
暗黒時代は、多分ここから。


1999年 5位  専門学校時代
達川カープ1年目。
新井・東出の両ルーキーを始め若手積極起用も惨敗。


2000年 5位  専門学校時代
金本がトリプルスリー達成もチームは5位が指定席に。
達川体制がわずか2年目で終了。


2001年 4位  社会人1年目
第二期山本浩二政権スタート。


2002年 5位  社会人2年目
オフに金本がFAで阪神へ移籍。


2003年 5位  社会人3年目
5位であることに慣れてきた頃。
カープ仲間との合言葉は「浩二(監督)やめて」


2004年 5位  社会人4年目
近鉄・オリックス合併発表からの球界大騒動。
球団消滅までささやかれたカープでは樽募金が復活。
新球場話もここでよーやく加速。
ファンサービスもこの年から改善が始まる。


2005年 最下位  社会人5年目
新井が本塁打王をとったりするものの、
投手陣崩壊は止まらず、チームはずっとBクラス。


2006年 5位  社会人6年目
FA確実とされた黒田が残留。
この一事で、何かが変わるよーなほのかな期待。


2007年 5位  社会人7年目
1年こらえてくれた黒田に加え、
新井までもがFA移籍。
エースと4番が同時に流出する事態に絶望。
そんな中、マエケン入団。


2008年 4位  社会人8年目
旧市民球場ラストイヤー。
前年オフに大いに絶望してたわりに
マエケンの躍進等で割と頑張ったシーズン。
けど、寸前で結局10年連続のBクラス。


2009年 5位  結婚
ズムスタ誕生イヤー。
チームは相変わらずだけど、
新球場は個人的にも大ヒット。


2010年 5位
マエケンが一気に全国区に。
ただ、チームはマエケン一人状態。


2011年 5位
この時期は、打線に全く魅力なし。
上昇の気配は見えぬまま指定席の5位。


2012年 4位
菊池入団。若手野手に多少人材が出てくるも
連続Bクラスは止まらず。


2013年 3位
16年ぶりのAクラスで初のCS進出。
菊池がセカンドの定位置をほぼつかみ、
オフのドラフトでは目玉の大瀬良を引き当てる。
大瀬良のくじを当て、歓喜する田村スカウトを見て
よーやく風が吹いてきたと思ったもの。


2014年 3位
連続CS進出。
オフには黒田と新井のまさかの復帰が決定。
ホントに風が吹いてきたと確信。


2015年 4位
かつてない前評判の高さで挑むも、
CSにすら進めない惨敗


・・・と、簡単に振り返るにはあまりに長い期間。
高校生が、いいおっさんになるまでのこの期間。
振り返ってると、何だか色んな事を思い出しまたわ。
江藤のFAニュースで憤って壊したテレビのリモコン。
新井のFA宣言でこれ以上なく絶望した夜。
市民球場最終戦の場所取りに前日から繰り出したあの日。
その最終戦での快勝に、今度こそ強くなると思ったあの日。
でも、結局強くならなかった数年。
目玉選手の大瀬良にトライし、見事引き当てた姿に
今度こそチームに風が吹いたと思ったあの日、、、
今度こそは、間違いない。
優勝までのマジック14、
25年分楽しませてもらいましょう。。。




くりす
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